私のことなんて忘れて。

連休最後の日、明けて7日の夜明け前、iPhoneを水没させた。私の健気なiPhone4を湯船に落としてしまった。しばらく前からお風呂で音楽を聴くのが習慣になっていて、タオルに包んで窓際に置いて、そのとき聴きたい曲あるいはお稽古中の曲を半々くらい、いつかやるのではないかと思ってたと言うのは簡単で、そんなことはないと思ったからしていたわけだし、でも出入りするときなんか特に、ちょっと危険かなあと思ってもいたし、長湯のときは普通にお湯から手を出してネットサーフィンもしていたし、起こるべくして起こったといえばそう。不注意といえばそれもそう。
再演予定の曲を聴いていたのだった。頭の中で振りが追いつかない部分があっていちど戻して、タオルに挟んで置き直した。と思うや否やiPhoneが身投げした。まったくわけがわからない。嘘、わかる。斜めに置いた。何か一瞬別のことを考えていた。一瞬じゃない。いつも複数のこと、並行して考えてる。ここのところずっと同じことを考え続けてる。
長いあいだWEBに日記をつけてきて、それは忘れないように書いているのだと思ってた。「忘れないように」とプロフィール欄に書いていたことも長くある。でもこの頃、それは少し違うのかもしれないと思う。書くと忘れる。読み返すとへええと思う。書いた直後はわりと頻繁に読み返す。そうなんだねえと思いながら読む。だから嘘を書かないことはとても大切なこと。
手紙。いちどパソコンで下書きしてから(私はもうキーボードがないと文章を書くことができない)、便箋に書き写していった。くどいところを削りながら。去年も書いた。夜寝る前にホテルの小さな机で。おそらくそのときの倍以上の長さになった。そして、ここからが重要なところ、書いて表に出した結果、その物事との距離がはっきりと違うものになった。
「思っていることをそのまま書いてしまったので、だいぶ変なことが書いてあるかもしれません、すみません」と伝えたら(なら渡すなよっていう)、「いいのよエッジが利いてるくらいのほうが」「夜中に書いたのね、わかった」って。私、また解放されてしまった。書いた時点で解放されてしまった。
だいたい60時間くらい電話機が死んでいた。その間ずっと、パソコンとiPhoneの違いは何だろうと考えていた。私は通話はまずしない。ネットをぐるぐるみて回ることとメモを取ること、音楽を聴くことしかしない。パソコンは持ち歩くことができない? それだけ?
夜遅いと電話機を買い替えられないということがわかった。とても言われた時間に間に合わない。それならと思い翌日は定時に職場を出てみたところ、こんどはお店に在庫がなく、調べていただいて移動した別のお店は混んでいて手続きする機械が空きそうにないという。なぜだろうたったこれだけのことができない。なぜだ。
困るんですけどと電話機に訴えてみても、澄ました顔で死んでいる。この人は入水後に私が即電源を切ったにもかかわらず自分から何度も起動して力尽きてしまった。なんて破滅的なやつだ。あのね、何が困るって家計簿ね。あとスケジュールとかいろいろな覚書。私はいったい忘れたいのか忘れたくないのかどっちなのか。覚えていたいことを覚えていて、忘れたいことを忘れたいのよ。よく反対になるけれど。


もうやめなさいって言われた気がした。いったん休んで、ぜんぶ忘れてしまいなさい。
20:20